カテゴリ:精神修行( 9 )

 

ニューアース7回通読完了(その2)

その1

《いまを否定しない》

ニューアースには、何度も何度もしつこいぐらい「いまをしっかり生きるべし」みたいなことが書かれています。
思えば、私の意識はずっと「いま」ではなく、「過去」を悔やんだり、あるかないかわからない「未来」にあったのではないでしょうか?

私は小中学校時代がめちゃくちゃ嫌いでした。
特にひどいいじめを受けていたわけではないですが、意味もなくからかわれたり、めんどくさい学級委員長とか生徒会長とか押し付けられたり、学校という場が苦痛以外の何者でもなかったです。
ここで、尾崎豊みたいに校舎の窓ガラスを壊して回るぐらいの不良だったら、まだふっきれるものがあったのでしょうが、残念ながら当時の私はそこそこ学校の勉強ができ、真面目キャラであったので、余計に鬱々としたものが日々あったような気がします。

高校に行けば、頭の悪い奴らとは縁が切れ、ハッピーな生活が待っているだろうと、完全に周りを見下しながら、「いま」ではない「未来」を夢見ていました。

では、高校に行って、ハッピーな日々が待っていたのか?
そんなことはなく、やっぱ頭だけ良くても嫌な奴は多いんだなあと、満たされない日々を送っておりました。
自分にある嫌な部分には、あえてふたをしながら。

やっぱ、大学だ。
うん、大学デビューに限る。
と、やはり「いま」ではなく「未来」を夢見た高校生活でしたね。

ちなみに、小中高時代から、今も付き合いのある人は片手で数えるぐらいしかいなく、同窓会とかも全く出る気はありません。
まあ、誰も私の連絡先知らんから、誘いすら来ないと思われるがな。

でもって、センター試験でマークミスをする大失態を犯したにも関わらず、幸か不幸か大学に現役で合格してしまいました。
ついに時代だ!私の時代がやってくる!

しかし、大学という組織は、そんな私の希望とはうらはらに、失望以外の何者でもなかった。
学部に友達と呼べるような人はほとんどおらず、徐々に学校から足は遠のき、ひたすらバイトに逃避していたのであった。

ただ、大学のいいところは(特に文系)、クラス単位とかそういう窮屈な集団で行動することを要求されずに、自分で人間関係を選べたのはよかったですね。
小中高はどうしても、クラスメイトとの関わりが大きいため、一度いじめられると地獄を見ますが、大学のクラスなんてあってないようなものだから、いじめとかそういうくだらんことはなく、「嫌な奴は避けて、好きな人とだけで行動する」で全てが済まされた、今思えば夢のような時間だったかもしれません。
「大学」という空間は小中高の学校同様に嫌いでしたが、「大学生活」は大好きでしたね。

そんなわけで、「いま」を謳歌した大学時代だったのでありますが、悲しいことに、この夢のような時間はたったの4年で終わってしまいます。
わざと留年して、もうちょい大学生活をエンジョイしようと思ったのですが、公務員試験には受かってしまったし、土壇場の勢いで単位もゲットしてしまいましたので、不本意ながら4年で大学を出ることにしてしまいました。

んで、某官庁で社会人生活のスタートを切ったわけだが、それまでの4年間、激甘の生活を送っていたため、そこは地獄以外の何者でもなかった。
全てが不条理に感じた。
私の大嫌いな小中学校時代に戻った感覚だった。
そっか、あのころみたいに、近くにいる嫌な奴と向き合わないと、仕事ってのは成立しないんだなと。

小中高時代は、「未来」に視点を置いていましたが、このときは完全に「過去」に視点が行ってました。
「あのときに戻りたい」、思ったことはそればっかですね。

エゴを太らせて、「いま」を否定して、「過去」や「未来」に思いを馳せる。
そんな恥の多い人生でありました。

ま、そのときは某官庁から逃げること以外考えられず、メンタルも崩壊していきましたね。
すべては私が「いま」を「敵」とみなしたからであるということに当時は気づくわけもなく、「状況」が変わればすべてが変わるなどと、「過去」を懐かしみ、状況が変わる「未来」を夢見ておりました。

もう少し書きたいことはあるのだが、こういう自分と向き合う作業は非常に疲れるので、本日はここまで。

ごきげんよう。

(つづく)
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by gossy54200 | 2016-05-11 21:47 | 精神修行 | Comments(0)  

ニューアース7回通読完了(その1)

銀座まるかんの斎藤一人さんは「よい本は7回読め」と言ってました。
東大主席弁護士の山口真由さんは「教科書を7回読むだけで、トップになれた」と言ってました。

ということで、私の中で2015年に出合った本で、ずば抜けてNo.1であった「ニューアース」。
色々と小難しく、概念的な記述も多く、読みやすい本ではありませんでしたが、どうにか本日7回目の通読を終わりました。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

エックハルト・トール / サンマーク出版



《言葉だけで考えてはいけない》

この手の本で一番大事なことは、「言葉で理解するだけではなく、実際の人生経験に落とし込む」ことでしょう。
例えば、斎藤一人さんとか小林正観さんの本を読んで、「あー、いいことが書いてあったなあ。そうだよなあ」と思います。
しかし、本を読んだところで、相変わらず人生はうまく行きません。
うまく行かないところで、彼らの新刊が出たら、また読んで、「うん、そうだ!その通り。なんていいことが書いてあるんだ!この人の思想はどんどん進化している!」と、感激します。
ところが、感激した本人は何も進歩せず、結局は、覚せい剤代わりに自己啓発書に手を出し続けてるということはないでしょうか?
何を隠そう、自己啓発書に手を出し続けているのは、この私です。

本の内容を実際の人生経験に落とし込まずに、単なる名言コレクターとなってしまっては、人生何も変わりません。
相田みつをのカレンダーを丸暗記しただけで、行動が伴わなくては何にもなりません。
スポーツの教本だけ読んで、さっぱり体を動かさないと、何も身に着かないのと同じです。

このことをふまえて、私の人生経験をふまえた上で、この本を読んで感じたことをダラダラ書いていきます。


《集団的エゴ》

私は一時期、左の思想の方々と仕事をしていたことがあったのですが、当時、私が違和感を覚えていたことが、この本で見事に説明されていましたね。

ニューアースの4章から抜粋すると

「集団的エゴには紛争や敵が必要」
「相手が間違って自分が正しいと思わずにはいられない」
「集団が遅かれ早かれ別の集団と対立するのは、無意識に紛争を求めている」

まあ、私は当時取らされていた新聞によく書かれていた、「平和のための闘い」ってフレーズに???状態だったわけですが、敵を作ることによって、彼らはアイデンティティを確立していたわけでしたね。

しかし、左翼思想にアレルギーを持っていた私にも問題はあったわけで、結局、「左翼的思想は間違いだ!俺が正しい!」とエゴ丸出しで、相手を論破することによって、彼らと同じことをしていたわけですな。
今も昔も、私は融通がきかんもので、「組織の方針に合わない個人は去るべし」と、その会社を飛び出したわけですが、今思えばエゴ丸出しの若い行動だったなあと。
思想に飲み込まれない程度に、抵抗しないで、うまく組織を泳いでいくという選択肢もあったのにね。
当時の私は、どうしてもエゴによって、それができんかった。

集団的なエゴによって、それと反対方向の私のエゴがむくむくと育っていったのだなあというのが、ニューアースを読んで思ったこと。
組織や他人のエゴに飲まれるべからず。
(ちなみに入職前は特に左翼思想に対するアレルギーはなかった)


《重いペインボディ》

第5章に、「古い記憶の苦痛の集積=ペインボディ」について書かれていますが、この章を読んで、3年前に、ほんのちょこっとだけ交際した女性のことを思い出しました。

すぐに感情を爆発させ、泣く叫ぶを繰り返す彼女に対して、「うわー、この人無理」って思ったわけだが、今思うと、彼女は異様に重たい「ペインボディ」を抱えていたのですな。
「ペインボディ」の詳しい背景については、ここでは書きませんが。

「いま」でなく、「過去」を生きている彼女は、古い負の感情をいつまで経っても脱ぎ捨てることができずに、彼女の中にある「ペインボディ」が暴れていたわけですな。
しかし、当然、当時の私に「ペインボディ」なる概念などあるわけがなく、「ペインボディ=彼女」と見てしまい、「うわー、これが本性か!」とドン引きして、しまいには私まで「ペインボディ」に引きずり込まれ、メンがヘルってしまうまで追い込まれた(と言うか、自分で勝手に追い込んだ)わけなのだが。

そんなわけで、自分なりの教訓
・その人とその人の持っている「ペインボディ」は別物と考えよ。
・ただ、できるだけ重い「ペインボディ」を持っている人は避けるのが賢明だがな。
・「過去の自分を哀れんで」生きても、ロクなことはない。自分だけ悲劇にひたるのはまだいいが、他人を巻き込んではいけない。そういう意味では、彼女はいい反面教師だった。


かなり長くなりそうなので、つづきます。

一旦、ごきげんよう。

(つづく)
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by gossy54200 | 2016-04-29 00:00 | 精神修行 | Comments(0)  

ベイスターズファンの精神修行

プロ野球が開幕いたしました。
我らが横浜DeNAベイスターズは、シーズン早々貧打にあえぎ、借金を順調に積み重ねております。
ファンの皆様におかれましては、早くもストレスたまりまくりのことと思いますが、今回は「ニューアース」の視点から、ベイスターズファンだろうがオリックスファンだろうがストレスのたまらない野球の楽しみ方を、僭越ながらご紹介させていただきたいと思います。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

エックハルト・トール / サンマーク出版



最近、ニコニコ生放送でベイスターズの負けっぷりを堪能して、2ちゃんねるでフロント・監督・選手の悪口を読んで、「そうだそうだ!アホ監督め、なんであんなダメ外人使う!」「接戦であんなクソピッチャー出すな!」「こいつらみんな地獄に落ちろ」と溜飲を下げる日々を過ごしておりました。

ところが、ある時、ふっと画面の中の悪口のオンパレードが目に入らなくなると言うか、ゆがんで見えなくなってしまうと言うか、2ちゃんねるの世界と自分の間に、ふっと空間ができたような感じがしたのですね。

いったい私はこんな書きこみを読んで何が楽しいのだろうか?

果たして、こんな悪口を読んだところでベイスターズは強くなるのでしょうか?
このポンコツ外人め!と思ったところで、その外人は打てるようになるのでしょうか?
そもそも何で、たかがひいきの野球チームが負けたぐらいで、こんな感情的になってるんだ?

そう、これは「ニューアース」の言うところの「形への自己の同一化」が行われているからなのです。
そう言ったところで、ニューアースを読んでいない人にとっては何がなんだかわからないと思いますので、わかりやすく説明しておきますと、「ベイスターズ=自分」と、好きな野球チームと自分を同一化することによって、エゴイスティックな心が強化されていくのです。
その結果、本来自分とは関係のないベイスターズが負けることによって、自己が損なわれたと感じ、それが恨みや不満につながり、ますますエゴが強固されてしまうのです。

となると、解決策はただひとつ。

たかが勝ち負けに反応しないこと。

ベイスターズが負けたところで自己が損なわれるわけではありません。
正直、ベイスターズが負けた日のスポーツニュースを見るのは辛いですが(というか、私は見ない)、その感情を押し殺し、ただ負けたという事実を受け入れ、ベイスターズを愛するのです。
ベイスターズが負けた次の日のスポーツ新聞をしっかり読むのです。
自分とベイスターズは別物、連敗が続いたからと言って、一緒に暗黒に飲み込まれてはいけません。

ベイスターズがどんな状況にあろうと、平然とベイスターズを応援する。
勝ち負けに一喜一憂しないでファンとして面白いのかという意見もあるかもしれないが、精神修行の教材として、ベイスターズは最適なのではないだろうか。

そこで、精神修行の面から、今年はこんな感じでベイスターズを応援したいと思います。

・大差で負けていたり、逆転されると、すぐに回線を切って、ニコ生から目を離してしまうが、しっかりと事実は事実として受け止め、最後まで観戦する。
・ベイスターズ負けた日も、スポーツニュースをしっかり見る(負けに感情を支配されない)。
・2ちゃんねるとか、ベイスターズの悪口が書かれているサイトは見ない(批判・悪口はエゴを増長させる)。

これを忠実に実行できれば、10月にはベイスターズはぶっちぎりの最下位になっているとともに、私は悟りを開き、真のベイスターズファンとして生まれ変わるであろう。

キリストの心で、強かろうが弱かろうが、無条件の愛をベイスターズに与えるのです。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2016-04-11 21:11 | 精神修行 | Comments(0)  

その後の精神修行

去年の10月辺りから、突如精神世界に目覚め、瞑想を始めたり、私は頭がおかしくなりつつあるんだろうかと思ってしまったが、今は割とどーでもよくなり、日々コピペのような安定した日々が過ごせることに感謝しております。
「ニューアース」は5度目の通読に入りましたが、最初のころのように精読するような感じではなく、思いついたように流し読みしている感じになっています。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

エックハルト・トール / サンマーク出版



とりあえず、最近の変化としては

・瞑想はめんどくさい、有酸素運動で十分だ

頭の中を空っぽにするだけという目的だったら、いちいち瞑想などしなくても、有酸素運動で十分だということに気づいてから、瞑想はやめた。
実際、2016年に入ってからは一度もやっていない。
ベルトコンベアの上で走ったり、動かない自転車を漕いだりするだけでも、その行為に集中すると、ふと頭の中に空間ができるというか、「なーんも考えてないもんね」状態になることに気づいたのであった。
ポイントは「その行為に集中する」ことで、テレビを見ながらとか、「何かをしながら」の有酸素運動は精神統一という面では、私の場合は効果が薄いようだ。
しかし、世の中の大多数の人は、瞑想効果を得るために有酸素運動をしているわけではないと思うので、何かをしながらの方がはかどるのであれば、それはそれでよろしいのではないでしょうか。

・今を肯定して、自分の価値観で生きる

どうも私は理想主義者のところがかなりあって、常に、「今のままではいかん!変わらねば!」と半ば強迫的に思っていたところがあったが、「ニューアース」に何度も出てくる「今と仲良く」という言葉にいい感じに洗脳されてきている。
具体的に言えば、「仲間と楽しく過ごす」「仕事はやりがいを持って真剣に行う」などの「世の中的によい」とされる価値観がどうでもよくなり、「ひとりで楽しく過ごす」「仕事はやるべきことだけしっかりやればそれでよい」と、自分にとってより「生きやすく、ラクな」方向に甘んじることをよしとしつつなってきたのであった。
株価が下がっても、「ほう、そうか」「これもまた過ぎ去る」と、取り乱すことはなくなりつつあるが、FXのような乱高下はさすがに精神的にキツク、税金払わんですむレベルまで稼いだら、とっとと撤退しようと思う。
理想や目標や夢などというものは、下手に持つと、実現できないギャップに苦しむので、最初から持たない方がいいような気もします。
仮に理想が実現したところで、人間というものは欲深く、「もっともっと」となって、いつまでも理想を追い続けて疲れてしまいますので、先の理想を見つめるよりは、今の現実をしっかり生きるのがよろしいのではないでしょうか。

そんなこんなで、「精神世界に目覚めると、何かいいことが起こるのではないだろうか」などと考えていましたが、今のところの結論としては、「外部的にはいいことは起こらず変わらないが、内面的な考えが変化して、不幸を感じなくなった」というのが正直なところです。
精神世界の本には、「内面が変われば、富を引き寄せる」などとうまいことが書かれていますが、そんな富とか名誉のような外的なことには期待せずに、今を大いに「じこまん」しようではありませんか。

「ニューアース」やそれに関係する本は、今後も読んでいきますが、内面に変化が現れた、あるいは突然大金持ちになったとか、両手に美女でウハウハという状態になったら、またご報告したいと思います。

ちなみに「ニューアース」がインチキ臭く感じるようでしたら、まずは、アドラー心理学について学ぶのもいいのではないでしょうか。
私はアドラー心理学の知識があったので、割合「ニューアース」の考え方は腑に落ちるものがありました。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

岸見 一郎 / ダイヤモンド社



ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2016-03-19 23:10 | 精神修行 | Comments(0)  

瞑想1ヶ月後

こんばんは、ここ数年、すっかり人生迷走中のものです。

迷走した人生をどうにかしようと思い始めた「瞑想」。
果たして私は悟りを開いて、新しい宗教を作って、名僧となることができるのか。
と、我ながらしょーもないシャレでの導入であるが、ま、そういう細かいことは気にしないで、それとなく感じたことをそれとなく感じたままに書いていきます。


・特に瞑想中にトランス状態になったとか、幽体離脱したとかそういう経験はなし。
・相変わらず、頭の中はとりとめのない思考と言うか妄想でうずまき、人間というものは、考えようとしなくても、余計なことがくるくる頭の中を回るものなのだなあと。
・ごくまれに、以前に書いたように、頭の中が「無」になると言うか、「空間」ができると言うか、よくわからんが、要するに「何にも考えていない状態」になる。
・「何も考えていない状態」がいいことなのかどうかはわからない。ただ、そういう状態があることに気づくのみ。
・別に煩悩まみれの頭の中が「悪い状態」で、無の状態が「いい状態」とか、そういう判断は一切せずに、もう一人の自分が、自分の脳みその中を観察している状態なのでしょうか。
・最近、めんどくさくなってというか、妙に眠い日が多く、2~3日に一回しか瞑想をしていない。
・眠いときは、瞑想なんかせずに、さっさと寝た方がいいでっせ。瞑想の途中で意識が飛ぶくらいなら、最初から瞑想などせずに、布団の中にいた方がマシ。

瞑想に何を求めるかは、人それぞれだと思うのですが、私なりの最近の答えは

ただ、ひたすら、放っておく

ということでしょうか?

例えば、明らかに思考が集中しないで、あっちこっちに妄想が頭の中を飛び交うときがあるでしょう。
こういうとき、お寺で座禅の最中だったら、坊主に「渇!」と怒鳴られ、肩をビシッと棒で叩かれ、「ああ、煩悩まみれの私は、何ていけないのだ。無の境地に達しなきゃ」などとなってしまうのであろうが、「煩悩なんて、あって当たり前、別にいいじゃん。無の境地になろうがならなかろうが、何でもOK。どうせ、とりとめのない思考なんてそのうち消えるんだから」と、ぐるぐる変わっていく頭の中を、観察してほったらかすぐらいでいいのではないでしょうか?
煩悩を消そう、消そうとすると、逆にそれが煩悩のエネルギーとなって、余計、頭が混乱するような気がします。

ただ、現在の私は割合精神状態が安定しているので、第三者的なもう一人の自分が頭の中を観察する余裕がありますが、うつ状態の人が瞑想をやり出すと、ますます悪い方向に行ってしまうかもしれません。
ちょうどうつ状態のときって、ブレーキをかける第三者的なもう一人の自分がいなくなっちゃうからね。
思考がネガティブな方向に走るのはいいが、それに気づく第三者的な自分がいないと、ネガティブが止まらなくなってしまう。

しかし、うつの「予防」として、瞑想はなかなか役に立つのではないでしょうか。
第三者のニュートラルな自分が、エゴの暴走を防ぐ効果があるような気がします。


あと、最近の変化として

・物欲が減った(もともとあまりないが)。
・旅行欲が減った(今、ここにいれば、それでいいじゃないか。わざわざどっか行かんくてもいいだろう)

「どっか遠くに行って気分転換したい」ってのが、最近なくなってきましたね。
自転車で言えば、どっか知らないところへ行きたいというのがなくなってきました。
その分、走りに「深さ」というか「じこまん」を求めたい気分ですね。
日々、同じようなところを、毎回新鮮な気分で走るような自転車生活に憧れますね。
固定ギアピストで、同じようなところを朝散走をすることによって、「深さ」を味わえるコソさんがうらやましく思います。
経済的に考えても、物欲や旅行欲の減少はいいことなのかもしれません。
走りそのものを愉しめる「少欲知足」な自転車生活が理想ですね。


このブログで以前紹介した「ニューアース」は、現在、4度目の再読中です。
間違いなく、今年出会った中でNo.1の本。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

エックハルト・トール / サンマーク出版



斎藤一人さんも、「いい本は7回読んで効果が出てくる」と言ってるし、東大卒のたまにクイズ番組に出てくる弁護士さんも7回読みを推奨しています。

東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法

山口真由 / PHP研究所



実際に7回読んでみて、自分の内面に変化が現れたら、また報告することにします。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2015-12-15 22:24 | 精神修行 | Comments(2)  

「引き寄せの法則」に心を奪われた時期

2009年。

斎藤一人さんの著書にはまりかけた私が、次に心を奪われたのは「ザ・シークレット」に代表される「引き寄せの法則」なのであった。

ザ・シークレット

ロンダ・バーン / 角川書店



「引き寄せの法則」とは、平たく言うと「強く願うことは実現される」という宇宙の法則なのである。
ただし、「健康になりたい」とポジティブな願いならば、「健康」というポジティブな要素を引き寄せるが、これが逆に「病気になりたくない」というネガティブな願いであれば、「病気」というネガティブな要素を引き寄せるという、諸刃の剣の法則なのである。
以下の動画が「引き寄せの法則」について簡潔にまとめられていると思いますので、興味のある方はご参照ください。



「こんな法則、インチキ臭いなあ」とは思っていたのですが、斎藤一人さんの本にも、「テレビのチャンネルを6チャンネルに合わせると6チャンネルの電波を受け取るのと同じように、ツイてると思えばツキがぐわーっと飛んでくる」なんてことが書かれていた。
とりあえず、信じるだけならタダなので、まあ信じてみようではないか。

そんなわけで、欲望のおもむくままに「金、女、ベイスターズ優勝」と強く願った。
強く願った結果、一体どうなったのか?

東京電力の株で大損するし、彼女はちっともできないし、ベイスターズはひたすら最下位を突っ走っていた。
「なんだよ、思っただけではどうにもならんじゃんか。こんな法則はインチキだ」と、引き寄せ関連の本は全て処分した。

月日は流れ、引き寄せの法則のことなどすっかり忘れていた2013年。
どういうわけかさっぱりわからんが、私の元に「金と女」が引き寄せられる出来事があったのである。

具体的な詳しいことはここでは書きませんが、とにかく「これは千載一遇のチャンス!このチャンスを逃してはいけない!絶対に逃したくはない!」と強く願ったのであった。

さて、ここで引き寄せの法則について復習していこう。

「~したくない」というネガティブな思いは、ネガティブを引き寄せる。

ポジティブな引き寄せはものすごく時間がかかったが、ネガティブな引き寄せはあっという間だった。
結局、女には去られ、メンクリ通いを強いられ、会社はクビになり収入の糧も失われると、散々な目にあった。
「もう金や女なんてどうでもいい、とにかく心の平安が何よりも大事」と、強く願うようになったのは、この時期辺りからである。

そんで、2015年現在。
環境は色々と変化しましたが、心の安定という意味では、それなりに願いが叶えられているのではないでしょうか(メンクリ通いは1年前に終了した)。
何だかんだで、人間、思ったとおりになっていくのだなあ。
いや、逆に言うと、思ったとおりにしかならないのだなあと、思い知らされたのであります。

以上は私個人の経験であって、これが宇宙の法則に当てはまるかどうかはさっぱりわかりませんが、なんだかんだで「引き寄せの法則」ってのは存在するんじゃないかというのが、現段階での私の結論です。

「引き寄せの法則」関係の本は、「ザ・シークレット」よりも、以下の本がよろしいのではないでしょうか。
2ch界隈でも評判がよろしいようです。
私は一回処分しましたが、最近kindle版を買い直しました。

引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

エスター・ヒックス / ソフトバンククリエイティブ



ご清聴ありがとうございました。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2015-11-21 22:28 | 精神修行 | Comments(0)  

瞑想その後

瞑想を始めて、2週間ぐらいが過ぎました。
なんとなく感じたことを、なんとなく書いていきます。

以前にも書きましたが、私の瞑想の方法は、15分間、深呼吸をしながら、吸気時に「オーンナーム」と頭の中で唱え、呼気時に「スバハー」と頭の中でひたすら唱える方法です。

《雑念がマントラで埋まる》
「オーンナーム」や「スバハー」のことをマントラと言うようですが、マントラを唱えることにより、頭の中の考え事がふっと消えて、マントラで埋められるような感じがします。
図示すると、下のような感じ。

a0156548_20422469.jpg


《集中すると意識が脳の深くに入り込む(ような気がする)》
でもって、雑念がマントラによって追い出されて、集中力が高まっているときは意識が脳の表面から、脳の深い部分に入り込んだような気がします。
これを言葉で説明するのは難しいのですが、図示すると下のような感じ。

a0156548_20522712.jpg


んでもって、呼吸が深くなりますね。
意識して呼吸をしているのではなく、何か見えないものの力によって、勝手に深呼吸をさせられているような不思議な感じです。

《意識が脳の深いところに入るとどうなるか?》
どうにもなりません。
以上。

…ってのもなんですので、こっからは自分流の解釈です。
この経験をすることによって、今までずっと考えてきたことは、脳の表層3mmぐらいしか使ってなかったんだなあと、しみじみ思いましたね。
この脳の深いところにいる状態が、「ニュートラルな自分」なのではないだろうかと。
今までは、多くの外的な刺激に素早く反応するために、脳の表層で手っ取り早く処理することにしてごまかしてきたが、本当の自分の内面は違うところに実はあったのではないかと。

では、本当の自分の内面は何なのか?

それは「空(くう)」なのである。

良いも悪いも、正しいも間違ってもいない、ニュートラルな状態。
車でギアをニュートラルに入れて、惰性で走らせているような状態。
かっこいい言葉で言えば、「物事にとらわれていない」とも言えるのでしょうが、それとも違うような気もします。
もはや「とらわれていない」をも超えた状態と言えば、我ながらインチキ臭いなあ。
こういう感覚を言葉で説明するのは、本当に難しいです。

《ニュートラルに戻ったらどうなるか?》
その日1日の出来事は、頭の表層3mmで作り出していた「幻想」だったのだなあ。
良いことも悪いことも、脳みその表面で自分で勝手に作り出しているのだなあ。
ゲームをやっている最中に、リセットボタンを押して、「ああ、これはゲームだったんだ」と気づいたような、うまくは言えないがそんな感じ。
だから何だと言えばそれまでですが、イマイチだった一日でも、寝床まで引きずることなく、スカッと眠れるようになったのが何よりもいいことです。


我ながら、ものすごく怪しいことを書いているが、「尚、これはあくまでも私自身の感想であり、瞑想の効果には個人差がありますので、ご了承ください」と、インチキ臭い健康食品の宣伝文句のように締めくくらせていただきます。
最近「ニューアース」のような悟り系の本に影響されてますので、そこは差し引いて考えていただくと幸いです。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2015-11-16 21:21 | 精神修行 | Comments(0)  

斎藤一人さんとの出会い

2009年。

私は得体の知れない壁に突き当たっていた。
何かを変えたいと思っていた。

多分、勝間和代さんとかの自己啓発本を読みまくって、頭がおかしくなっていたのだろう。
冷静に考えたら、さほど経済的に困っていたわけでもなかったが(この年にブロンプトンを購入するぐらいの無駄金はあった)、年収を上げなければならん、もっともっとワシは頑張らなきゃあかんと、「頑張れ教」に洗脳されていたのだろう。

無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法

勝間 和代 / ディスカヴァー・トゥエンティワン



そんなとき、「とある分野の勉強をしなくてはいけない!」と発作的に思い込み、スクールに30万ぐらい払って、「これは自己投資だ」と自分をだまし、週2~3回、仕事終了後、家から10kmぐらい離れたところにあるスクールにギコギコと自転車で通っていたのであった。

そこで、スクールの先生より、ものすごくいい話を聞いた。
具体的にどんな話かは、今となってはきれいさっぱり忘れてしまったので、きっとどうでもいい話だったような気もするが、とにかく当時の私にとっては、滝に打たれ悟りを開いたような刺激があったのだった。

あまりに感動した私は、「いやあ、すごいいい話でした」と目からウロコをボロボロこぼし、その先生より、「この本を読むといいよ」と3冊の本を紹介してもらった。

変な人の書いた成功法則

斎藤 一人 / 総合法令出版



変な人の書いたツイてる話

斎藤 一人 / 総合法令出版



変な人の書いたツイてる話〈PART2〉

斎藤 一人 / 総合法令出版



早速、斎藤一人さんの本をAmazonで注文した。
ちょっとクセのある内容ではあったが、私の汚れていた心が浄化されていくような気がした。

そして、以下のことを努力目標としていくことに決めたのである。

・自分は「ツイてる」と思う。
・他人の悪口は言わない。

これはあくまでも努力目標で、人間のできていない私は、なかなか悪口を言わないという目標はハードルが高く、ついつい愚痴をこぼしてしまうこともある。
しかし、それまでは、他人の悪口モードになると、いくらでもその人の批判を口にすることができた私であったが、ちょこっとだけ躊躇することを覚えた。
悪口は「天につばを吐く」行為で、それは必ず自分に返ってくると思うようにし、精神が崩壊しない程度にぐっと飲み込むことにしていった。

すると、どうなったか?
年収は10倍ぐらいに上がったのか?
かわいい彼女を作ることができたのか?
仕事で出世することができたのか?

結論を言うと、何も変わらなかった。
でも、変わらなかったが、変わらないでいいではないかという、自己肯定感がついてきたような気もする。
そのままの自分でいいんじゃないかと、最終的に本は処分した。

何も変わらなかったけど、上に書いた2つのことは今でも努力目標にしている(守られている守られていないは別にして)。
結局、スクールで居眠りばかりしていた私は、その分野について何一つ得ることはできなかった。
でも、斎藤一人さんの本との出会えたという事実だけで、30万円払った価値はあったと思う。

ああ、俺は「ツイてる、ツイてる」

……なんて、おめでたいことを思えるぐらい、私は人間ができていなかった。
30万もあれば、あんな店やこんな店にお金を使えばよかったと、苦い思い出の残った6年前の出来事なのであった。

30万も払わなくても、一人さんの本はブックオフで100円で買えます。
どーせ人生変えるなら、30万円より100円にしましょう。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2015-11-12 23:57 | 精神修行 | Comments(0)  

瞑想始めました

いつものように大して目的もなく、ふらふらとネットサーフィンをしていたら、「これは!」というサイトに出会った。

そのサイトは、アル中ニートから猛勉強して東大に入り、東大卒業後、ブラック企業に就職し苦しんだ末、精神修行に励み、結果、年収4倍増のホワイト企業に転職した過程が余すとこなく書かれている。
具体的なサイトの名前は明かしませんが、興味のある方は「東大六郎」でググってみてください。

あまりの面白さに一気に読んだ。
特に、ブラック企業で苦しんでいたときから、内面を変えようと試行錯誤した記述が秀逸である。
「これだ!これが、私の生きる道ではないか」

他人に影響されやすい私は、東大六郎さんの人生を変えたという一冊の本、「ニューアース」を購入した。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

エックハルト・トール / サンマーク出版



「ニューアース」に対する感想は、そのうち気が向いたら書こうと思いますが、一言で言えば、斎藤一人さんの本からインチキ臭さを排除したような感じでしょうか。
概念的な記述が多く、あまり読みやすい本ではありませんが、現時点では「なんとなくこんな感じかなぁ」というのをおぼろげながら感じている段階です。
東大六郎さんのサイトにも解説文がありますので、それを参考にしながら読み進めていくといいのではないでしょうか。

多分、何回も繰り返して読まないと、わからないたぐいの本だと思いますし、読むたびに違った「気づき」が得られ、大げさな言い方をすると、「読むたびに心が成長していく」本なのかもしれません。
まだ、2回しか通して読んでないんで、エラソーなことは言えんがな。

で、大事だと思われることをまとめると

・「自分」が「自分」だと思っているのは本当の自分でない。単なる「エゴ」。
・「エゴ」によって生じたネガティブな感情が積み重なったものが「ペインボディ」で、これにとりつかれるとネガティブのスパイラルが起こる。
・「ペインボディ」に上手に対処するには、ただ自分の中の「ペインボディ」に「気づく」こと、間違っても「ペインボディ」をやっつけようとしてはいけない。
・じゃあ、いつ「気づく」の?「今でしょ!」

「今」、「エゴ」が生んだ「ペインボディ」に「気づき」、「なーんだ、俺は今悩んでいたのではなくて、俺の中にあるペインボディが暴れているだけか。まあ、ついちまったものは仕方がない、もうちょっとペインボディに暴れさせてやるか」と悟ったところで、怪物「ペインボディ」は、「ちっ、正体がばれちまった。こっからは退散だ!」と姿を消し、心に平安が戻りましたとさ、めでたし、めでたし。

ものすごく単純にまとめると、こんなことなのではないでしょうかね。


で、「気づき」に必要なのは「瞑想」であるということで、どんなものか試してみることにしました。
別にどっかの宗教に入信するわけではなく、自分の部屋でも行うことができ、お金もかからない。
とりあえずやってみて、合わなかったらやめようぐらいの気持ちで始めてみた。

参考にしたのは、以下の2冊です。

始めよう。瞑想:15分でできるココロとアタマのストレッチ (光文社知恵の森文庫)

宝彩 有菜 / 光文社



自分を変える気づきの瞑想法【増補改訂版】

アルボムッレ・スマナサーラ / サンガ



本を読むと、色々とめんどくさそうなことが書かれていたので、適当に2冊をちゃんぽんして、私のやりやすいようにアレンジした。
大事なことは、本を鵜呑みにするのではなく、自分が実現可能なところまで落とし込むことである。

以下、オレ流瞑想のやり方

1.イスかソファーに腰掛けます。背もたれにはもたれません。15分間動かなくても苦にならないリラックスした姿勢で座ります(私は床に座ると足がしびれ、15分じっとしていることは不可能なので、この部分は完全に自己流です)。
2.タイマーを15分にセットします。
3.死体のごとく、体のどこにも力を入れずにダラーンとします。
4.深呼吸をします。鼻から大きく息を吸いながら「オーンナーム」と頭の中で唱え、口から大きく吐きながら「スバハー」と頭の中で唱えます。
5.頭の中で勝手に思考が走り出し、「オーンナーム」「スバハー」を忘れることがありますが、あまり気にしないで、「あ、忘れた」ってことに気づいた段階で、「オーンナーム」「スバハー」モードに戻します。
6.タイマーが鳴ったら、瞑想終了です。お疲れさまでした。

んな感じで、1週間ぐらいやってみました。

《初日》
とにかく時間が経つのが遅く感じる。飽きてきたので、ときどきタイマーをチェックし「うわー、まだこんな時間か!」とちっとも瞑想になっていないが、まあ、初めてだしこんなもんだろう。
《2~4日目》
タイマーチェックはしなかったが、やはり時の経過を遅く感じ、もっと有意義なことに15分使った方がいいんじゃねえかと思う。
《5日目》
この日、明らかに変化があったような気がした。言葉ではうまく説明できないが、脳みその中に、ぽっかり空間が空いたような感じで、「何も考えていない」のだけれども、眠いというわけではなく、頭はなぜかすっきりしている。
「おお、これが無の境地という奴か!」と感激したが、この感激が雑念となり、残りの時間は今までどおりにどーでもいい思考が走りっぱなし。
《6日目》
この日も、突然思考が止まったような感覚があったが、単に一瞬眠りについただけで、これは瞑想とは言わない。
《7日目以降》
5日目のような「脳の中の空間」を感じることはなかったが、明らかに15分が短く感じる。別に途中寝ていたわけでもないのだがね。少しずつ変化が現れているのだろうか?
《瞑想の効果》
・寝つきがよくなった。
・いやらしい夢を見るようになって、寝ている間にニタニタしていることが二日ぐらいあった。
・目覚めもよくなった。
・ちょっと仲たがいしかけた人と、仲直りできた。
・パークゴルフ大会で優勝した。
・買い物したとき、おつりを多くもらって得をした。

今のところ、これと言った目立つ効果はありませんが、寝る前の15分間に、頭の中のハードディスクにある余計なファイルを整理するような効果はあるかもしれませんね。
次の日の朝、余分なソフトが入っていないパソコンのように、すっきりと起動できるような気がします。

そんなこんなで、精神修行の効果がどのくらいなのかはわかりませんが、うっかり怪しい宗教に入信するとか、日常生活に影響しない程度にテキトーにやっていきたいと思います。
そのうち、幽体離脱ができるようになったとか、空中浮遊ができるようになったとか、変化が出たら、新しい宗教を作りますので、みなさん信者になってください(ウソ)。

ごきげんよう。
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by gossy54200 | 2015-11-07 23:30 | 精神修行 | Comments(0)