孤独のグルメ

家に3冊しかないマンガのうちの一冊。久しぶりに読み返してみた。
ちなみに残り2冊は、文庫版の「ドラえもん 感動編」と吾妻ひでおの「失踪日記」である。
基本的にマンガはほとんど読まないのであるが、これらだけはどうしても売れないのである。

孤独のグルメは、アラフォー独身男性における福音書であり、生きる指針を与えてくれる。

「結婚同様 店なんかヘタにもつと 守るものが増えそうで人生が重たくなる 男は基本的に体ひとつでいたい。」
(第二話 東京都武蔵野市吉祥寺の廻転寿司 1ページより)


男たるもの守るものを持ってはいけない。
守るものを持つとそれに縛られて、本来やるべきことやりたいことを見失ってしまう。
いつでも身軽に、縛られるものが何もない生活を送っていきたいものである。

「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず 自由で なんというか救われてなきゃ ダメなんだ
                                             独りで 静かで 豊かで・・・・・・」

(第十二話 東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ 7ページより)

孤独のグルメを代表するセリフである。
ここでは「食べる」という行為に救いを求めているが、
これは自分の大好きなことや熱中できることであれば、どんなことでも当てはまると思う。
例えば、私の場合なら、
「自転車に乗るときは 誰にも邪魔されず 自由で 救われたい」
と思うわけである。

すなわち、自分にとって本当に大事な神聖な行為は、独りで楽しむべきであるということである。
それが静かで豊かな生活につながっていくのだ。

「生きているということは 体にものを入れてく ということなんだな」

(特別編 東京都内某病院のカレイの煮つけ 6ページより)

老いも若きも男も女も、結局のところはものを入れるための器に過ぎないということだ。
どんなに立派な身分であろうが、豪邸に住んでいようが、いい車に乗っていようが、お金があろうが、
その人の肉体である器の中にものを入れられなかったら、
その身分や家や車やお金はすべて幻であり、何の意味もなさないのである。
シンプルに器の中に、肉体的、精神的な栄養になるものを入れること。
それこそが最も価値のあることであるということを、井之頭五郎(マンガの主人公)は教えてくれるのである。

なんだか屁理屈っぽくなってきたが、とにかく孤独のグルメは超おすすめマンガだということで、今回の日記を終わる。


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# by gossy54200 | 2010-03-03 22:53 | 読書 | Comments(2)  

体を鍛えた 3日目

≪本日のトレーニングメニュー≫
ランニング 30分 4km
エアロバイク 30分 200kcal消費
ウエイトトレ てきとー

運動して腹が減ると、ついつい食いすぎるなあと、
帰り道の途中にあるマックスバリューをうらめしく思い、今回の日記を終わる。
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# by gossy54200 | 2010-03-02 20:49 | 日記 | Comments(0)  

さようならロードレーサー(その2)

その1のつづき)

査定の結果がやってきた。
自転車とローラー台とシューズとセットで、まあこんなもんかなあという値段だったので、
梱包用の資材を送ってもらうように、サイクルハンターにメールした。

出張から帰ってきたら、梱包キットが届いていた。
自転車を入れるダンボールがやたらでかかった。
よし、発送の準備をしよう。

いきなり送る前に、まずは防犯登録を抹消しなくちゃなと、販売店に行って手続きをした。
「もう、コイツは自分のモノじゃないんだなあ」
という実感がこみ上げてきた。

家に帰って、緩衝材で車体を保護した。
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フレームについた傷。この傷こそ、私がこのチャリを愛して使い倒した証である。
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いろいろな思い出が走馬灯のようによみがえってきた。

伊達のサイクリングロードでの初乗りで、軽く30km/hが出てすげえなあ感動したこと。
せたな在住時、意味もなく毎日のように三本杉岩や夕日を見に行ったこと。
コイツで函館まで眼鏡おっさん氏に会いに行ったこと。
眼鏡おっさんに会いに行った帰り、渡島中山峠で足を痛め、
ボロボロになりながらチャリを押して、死に物狂いの思いで江差に到達してホッとしたこと。
海を越えて、津軽半島を走ったり、
コイツをかついで階段国道を歩いて、地元民にへんな目で見られたこと。
青森の東北町で通算5000kmを突破したときのこと。
去年の海の日に、ゆげ氏とこばやし峠を走ったこと。
北広島でのタイヤキ。
・・・・・・etc.


ただ自分のエゴだけのために、これだけの思い出のつまった相棒を手放してしまうのかと、
自責の念にかられながら、自転車をダンボールに入れた。
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心なしか、ダンボールが棺おけのように見える。
自転車との最後の別れだ。
今まで本当にありがとう。

自転車に15回ぐらいお礼を言った後、ダンボール箱の上部をテープで止め、
チャリを完全に荷物化した。
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あとは、運送会社に電話をかけて、集荷に来るのを待つだけだ。

電話をしてから2時間ぐらいで、宅急便のにーちゃんがやってきた。
最初はにーちゃんが一人で運ぼうとしたが、めちゃくちゃデカイ荷物だったため、
にーちゃんがこけそうになったので、トラックまで一緒に運搬を手伝うことにした。

トラックにチャリの入ったダンボールは載せられた。
さようならロードレーサー。
さようならローラー台。
さようならビンディングシューズ。
また、新しい持ち主のところで、思う存分走っておくれ。

ロードレーサー、
きみがいなくなったら
へやががらんとしちゃったよ。
でも・・・・・・すぐになれると思う。
だから・・・・・・、
新天地でも頑張れよ
ロードレーサー。

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ドラえもんがいなくなったときの、のび太君の気持ちになったところで、今回の日記を終わる。
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# by gossy54200 | 2010-03-01 20:56 | 自転車 | Comments(2)  

さようならロードレーサー(その1)

いきなりであるが、ロードレーサーを処分することにした。

最初はローラー台とマットだけの処分にしようと思っていたが、
考えていくうちに、ロードレーサーがあるために
ローラー台のような使用頻度の低い高価な買い物が増えたのではないか?
ならば、いっそのことロードごと処分してもいいのではないかとの結論に至ったのである。

そもそも自転車たるものは、もっと日常生活に即したものでなきゃならんと思うわけで、
いちいち自転車に乗るために、
ピチッとした服を着たり、窮屈なシューズを履いたり、キノコヘルメットをかぶったり、
そんなことはやってられないのである。
(まあ、ヘルメットはしゃーないかと思うが)

そんでもって、出先でもそのへんてこりんな格好ゆえに、飲食店に入るのも恥ずかしく、
しかも派手な格好でチンタラ自転車を漕ぐのもマヌケなので、
自然とオーバーペースになり、ただ一生懸命走るだけで終わりと、
風情も何もないツーリングとなってしまうのである。

ロードは確かに速いし、長距離走るのには一番理にかなった自転車である。
この自転車に出会ってよかったと心から思っている。

でも、私のようなへたれ足で小心な人間にとっては、
ついつい、自分を自転車に合わせようと無理をしてしまう。

それはどういうことかと言うと、
例えばスピードを気にして、サイコンばっかり見て、
「ちっ、Ave25km/hはキツいなあ」と景色も何も見ないで思ったり、
ロードで峠道を押して歩くのはかっこ悪いよなあと
無理にしゃかりきに登ってみたりとか。
「俺はロードに乗っている」ということが、何か心の重荷になっているような気がするのである。

確かにAve25km/hを保ったり、峠を越えた達成感と言うものはある。
あるのであるが、何か頑張りすぎて、
私にとっての自転車の最大の喜びである
「自力でこんなに遠くに行った」
という感激
を素直に味わうことができなくなっているのではないだろうか?

実際、去年は遠出の主役はロードではなく、
折りたたみ自転車ブロンプトンであった。
時速15kmぐらいでのんびり進み(実際、速度計はつけていないので何キロで走ってるかわからんが)、
ちょっとした坂でも無理しないで押す。
でも、100kmぐらいの長い距離を走る満足感は十分に味わえるし、
輪行の楽チンさはピカ一で、なんと言うかスローで豊かな旅情を楽しむことができるのである。

ブロンプトンでの旅を繰り返すうちに、
「ああ、俺のチャリ旅はゴリゴリ体育会系ではなくて、ゆったり文化系のチャリなんだな」
と、思うわけであった。
(とは言え、我ながら16インチの3段変速のチャリで100km超は尋常ではないような気がするが)

実際問題、ロードを買って3年経つわけであるが、
1シーズン目、2シーズン目は年3000kmは乗っていたのだが、
去年はガクンと落ちて、1000kmも乗らなくなった。

もうロードは十分に堪能したのかなあと。
別に私はレース志向ではないし、ブルベも何かちょっと違うんじゃないかなあと思ったりする。
これからロードに乗ってやりたいことが見えなくなってしまったのである。
(もちろん、レースやブルベで頑張っている人は素直にリスペクトしています。)

今年は「頑張らないチャリ乗り」を目指していくのもありかなあと、
心を鬼にして、サイクルハンターという業者にロード売却査定の見積もりメールを送ったのであった。

(つづく)
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# by gossy54200 | 2010-02-28 20:11 | 自転車 | Comments(4)  

貧乏入門

非常にみじめったらしいタイトルであるが、コーチャンフォー新川店でタイトル買い。

別に年収28万円の貧乏生活にあこがれているというわけではなく、
副題の「あるいは幸せになるお金の使い方」に魅かれたのである。

著者は小池龍之介さんという、東大を出て住職をやっている人ですが、
別に小池さんが年収28万円というわけではありません。
(なぜ28万という数字にこだわる?)

タイトルから節約本っぽいような印象を受けるが、
別に節約のススメとか、そんなことを書いているわけではなく、
仏教的観点から、豊かさとは何か、幸せになるにはどうすればよいかとか、そんな話が書いてある。

お金とは何か?物欲とはどうして生じるか?
これが欲しいとあなたは言うが、本当にどうしても必要なのか?
いらないものは捨てて、必要なものだけに惜しげもなく金を使うのがいいんじゃないの?
(この人も「他人のためにお金を使うのが大事」と主張してた)

モノを安く買うにはどうすればいいかというのではなく、
根本的な物欲を押さえて、金銭的、そして精神的に豊かになりましょうよ
というのがおおよその主張。
人によって好き嫌いの分かれる主張であると思うが、
あまりモノに固執しない私にとっては、すんなり受け入れられた。

最近、部屋の整理をしているうちに、
「うーん、これいらないなあ」と思うことが多くなってきているので、
本当に必要なものは何かを見つめ直すには、いい機会になったかも知れない。

そして、これがきっかけというわけではないが、
最近、あるものを思い切って処分することに決めたのである。
これについては後日。

ただ、この本、草食系男子についてやたら厳しいんだよね。
アラフォー独身の草食系にとっては、耳が痛い。

モノには固執しないが、人には固執する私。
そういうところも捨てないと、仏の道には行けないわけですな。
別に仏の道に行く気はないが。

このブログを書く前に、もう一回読み返そうと思ったけど、
出張先に忘れてしまった・・・orz。
捨てることが大事だって本に書いてたけど、その本まで捨ててしまったよ。


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# by gossy54200 | 2010-02-27 20:55 | 読書 | Comments(2)